『アトリエ・ドゥ・ジャック会報(50号)』(2000)

コミュニケーションの復活をめざそう
−会報50号発行に寄せて−

神 原 雅 之 

 会報50号発行、おめでとうございます。50号という会報の蓄積は、アトリエ・ドゥ・ジャックの発展と充実の軌跡となるものです。心よりお祝いを申し上げますと共に、今後一層の飛躍を祈念しております。

 さて、ここでは最近、リトミックを中心とした子どもの教育を通じて、いろいろと感じますことを述べてみたいと思います。
 先日、私の住んでいます地域の民生委員の皆様の研修会(シンポジウム)に参加させていただきました。テーマは「いま子ども達は…」というもの。従来より民生委員会は全国各地域に置かれ、主として地域の高齢者を対象とした様々な問題に取り組まれているのですが、近年はその対象を高齢者だけでなく、幼児・児童にも広げて、幅広い世代間交流の見られる地域作りに努めようとされています。

 パネリストは4名。子育てグループ代表(幼保に通っていない乳幼児を対象とした子育てグループ代表のお母さん)、保育園の園長先生、児童館館長先生、そして私。
 それぞれに、乳幼児期の子どもを取り巻いている様々な問題が指摘されました。

 例えば、今の子ども達(乳幼児)は、@人の話が聞けない、A家庭事情に影響を受け、心が不安定、Bやってはいけないことがわかっていない、C不得手なことには取り組もうとしない、Dこだわりが強い、E集団生活に参加できない、F衝動的な行動が多く、自制心がない、G攻撃的な行動が目立つ、H親の期待を受け、良い子を演じるのに疲れている、I仮想体験に浸かり、現実世界との区別がついていない、等々。
 この他にも、17歳を中心とした数々の事件報道にも触れられました。

 このような指摘を聞くとき、子どもたちの置かれている状況はきわめて悲惨であるように思われます。しかし、これらの問題を整理して気づくことは、子ども社会に起こっているこれら様々な問題は、実は私たち大人社会が抱えている問題だ、ということ。子どもの姿は、大人の姿の写し(鏡)なのですから。
 そこで、私は与えられた時間の中で次の2つの提言をしました。以下、その論旨を要約しました。

 (1)コミュニケーションの復活−温かいまなざし−
 子育ての原点は家庭にある。一般的に核家族が増え、子育てが“孤育て”になっていないか(近隣の親同士が仲間作りを行う場が少ない)。また多くの大人が“自子”主義に陥っている(近隣のコミュニケーションの希薄化)など。
 人は一人では生きていけない。乳幼児期は、(卵が孵化するように)周囲の人の温かいまなざしに包まれて過ごすことが大切だ。乳幼児の心と体の成長を考えるとき、周りの大人の姿を考えることがポイントとなる。心温まる経験のない子どもは、周囲の人に対して心温まる行為をすることを上手くできない。連続して起こる17歳の事件を取り上げて、単に私たちは、子どもの悪いところを指摘するだけでなく、一人ひとりの良いところを認め褒め、(子ども自身が)自己存在感を感じられるような「まなざし」が不可欠だ。厳しさも、温かさの感じられる中でこそ意味が生まれる。
 子ども達に温かなまなざしを向けよう。それは地域のコミュニケーション作り(心豊かなくらし作り)の引き金になると思う。

 (2)共に生活しているのだという実感を持とう
 「共生」社会は「共に生きよう」とする仲間作りをしようという考え方。例えば、私たちは、家庭の中で子どもが“勉強してればイイ子”“そうでなければダメ”等のような見方をしていないか。家庭の中で、自己存在感を味わえるような家族関係が必要だ。
 幼児期から、家族を構成する一人ひとりが自分の持てる力を出し合って(例えばお手伝いを行う等)、自己有用感をたっぷりと味わうこと(習慣作り)がポイントになると思う。

 以上がシンポジウムでの私の論旨です。
 では、このような現実的な問題に直面して、リトミックに関わる私たちは何が出来るのでしょうか? 私は、リトミックによる音楽体験の場作りを通して、私たちの周囲で起こっている様々なコミュニケーション障害とも言える心の壁を取り除くことが可能である、と考えています。皆様はいかがお考えでしょうか。
 音楽(リトミック)は、音楽でしか味わえない経験(音楽のうねりを体感すること)を通して、人と人が言葉では言い表し得ない感情をお互いに持つことができます。つまり、音楽を“共に味わった者同士”が感じ合える“心の絆”を持つことができるのです。
 お互いに尊重しあう関係(「人皆尊し、我また尊し」の感情)は、家庭や地域での様々な関わりの中で醸成されるものです。そこでは、リトミックが特別の人の、特別な教育として位置づけられるのではなく、多くの人々の心のオアシスとして感じられるような取り組みが必要と考えます。
 人は皆、良いところがある。そして足らざる所もある。共生社会は、相互補完の関係作りをすることでもあります。その意味からも、ジャックの果たす役割はこれから益々大きくなっていくものと思います。
 ますますのご発展を心より念じています。