ゴミの山で生きて、学んで、笑って

第10章 大きなゆるやかな家族  2002年7月

☆大きなゆるやかな家族

 2002年7月、1年ぶりに訪れたパアララン・パンタオはにぎやかだった。
 レティ校長(62歳)の次男のボーン一家が引っ越してきた。ボーン(38歳)が仕事で留守がちなので、妻と4人の子どもをここに預けたのだ。学校の裏庭の小屋には3つの部屋があるが2つは物置になっていた。その1室を片づけて使っている。残りの1室はベイビー先生(39歳)と4人の娘の部屋だ。
 学校ではレティと末息子のジェイコーベン(25歳)、養女のグレース(13歳)が生活している。レティの曾孫のクレアアン(3歳)も預かっている。(クレアアンの母親はレティの孫娘のレンレンだ。95年、学校が教師を雇えなかったときに、姉のアリネイルと一緒にここで教師をしてレティを助けていた。あのとき13歳だった。その後数年の間にアリネイルもレンレンも母親になった。)
 さらにレティは、家にいては勉強を続けることが難しい女の子たち3人を学校で生活させていた。5人の大人と13人の子どもの総勢18人。家族も家族でないものも、ごっちゃになって学校や裏庭の小屋で暮らしている。
    *    *
 シェリー(18歳)は小学校6年を途中でやめていたが、1年間パアララン・パンタオで勉強し、試験を受けてハイスクール3年に編入。卒業して、去年、看護のコースに進学した。が、たちまち挫折。実習で死体を刻むのに耐えられなかったのだ。蛙の解剖でさえ吐いたり熱を出した。進路を変更し、コンピューターの学校に入りなおした。
 家族は、父と義母に6人のきょうだい。一家はサリサリストアで生計をたてている。義母とシェリーの関係はよくない。家にいると義母にあれこれ言われて傷つくばかりだというシェリーを、レティはボーンの家族に預けた。
 マリアペレ(18歳)は10人きょうだいの長女。ビサヤ州で生まれ祖母に育てられた。カレッジに進むが、学資が続かなくて1年で中退。再婚した母を頼ってパヤタスへ来た。パアララン・パンタオで生活しながらアシスタントの先生をしている。カレッジの教師養成コースに編入して、小学校の先生になりたい。
 アナ(15歳)も去年から学校で暮らしている。午後のクラスの生徒だ。学校の用事を手伝いながら勉強を続けている。
 夏休みの2か月、アナは家に戻っていた。妊娠している母親を助けて家事をし、毎日ダンプサイトでゴミを拾った。「真っ黒に日に焼けて帰ってきたよ」とレティは苦笑する。アナの足には、新しかったり古かったりするたくさんの傷跡。生涯消えないような大きな傷跡もある。怪我をしたときには、ざっくりと肉が裂けるようだったのではないか。

☆奨学生たち

 船員になるためのカレッジを卒業したレイナルド(26歳)は、2か月間のマストラルコース(修士課程)の実習を受けたいと願っていた。実習費の捻出をどうするか、夜、台所で相談している私たちをレイナルドが見ている。彼の祈るような気持ちが伝わってくる。「就職したらパアララン・パンタオに返済してよ」と言うと「もちろん約束する」と頬を上気させて言った。
 ジュリアン(20歳)もこの10月には卒業の予定。その後、レティはもうひとりカレッジへの進学を応援するつもりでいた。
 ユージン(16歳)は、パアララン・パンタオのデイケアのクラスから公立の小学校を経てハイスクールに進学。ゴミ拾いをしながら通い、この3月に卒業した。レティが成績表を見せてくれる。ほとんどの教科が90点以上という立派な成績だ。彼も船員になりたい。
 ベイビーの長女のジョイ(16歳)は、2年前、近くのハイスクールに進学したが、彼女を誘い出す幼なじみたち、10代後半の少年少女のグループの素行がよくないことを心配して、ベイビーは娘を田舎の親戚に預けた。
 翌年ジョイは転校した。だが離れていると休みに帰省するにもお金がかかる。結局1年でパヤタスに戻り、以前とは別のハイスクールに通っている。3年生だ。
 ジョイの妹たち、リンリン(12歳)ロレン(10歳)エライジャン(7歳)も公立の小学校に通いはじめた。ずっとパアララン・パンタオで勉強してきたジョシエル(12歳)も。4人とも1年生として入学したが、リンリンとジョシエルは5年生のレベルを認められて5年生の教室、ロレンは4年生の教室に移った。

☆教室で

 パアララン・パンタオには、今年も154人の生徒が登録した。人数の多いデイケアのクラスは3・4歳児と4・5歳児のクラスに分けた。1年生のクラスは20人くらいずつの入れ替え制で、最初のクラスは朝7時から授業がはじまる。
 マリアペレは、レティと一緒にデイケアのクラスを担当しているが、妊娠中のクリスティーナ先生(32歳)が休んだ日、2年生のクラスを教えた。するとデイケアのクラスの彼女の妹が、お姉ちゃんがいないので、かんしゃくを起こして泣き叫ぶ。マリアペレが小さい妹をなだめているすきに、2年生の男の子たちが騒ぎだす。ペレが注意してもさっぱりきかないが、レティが姿を見せると、たちまち静かに席についた。
 午後の、一番年齢の大きい生徒のクラスには、13歳から17歳の生徒がいる。学力はばらばらで、ボーンの息子のディーンは、ハイスクールを中退し復学のためにここで勉強しているが、去年から毎日クラスに出るようになったアナは、まだ小学校2年生ぐらいの学力だ。
 小さい頃からパアララン・パンタオに通っているメリッサ(14歳)も、学力は小学校3年生くらい。メリッサは、母親が他の男と出奔、その後父親も出ていって兄と残された。学校どころではなくゴミの山で働いていたが、いまは父親も戻ってきて、新しい母親を迎えて生活している。
 「勉強を中断してしまう生徒が本当に多い」とレティが残念そうだ。学期のはじめに登録はしても、数カ月で来なくなったり、何年も中断したり。学力も伸びない。「子どもたちの出席を促すためにも給食をつづけたい」と言う。
 一番年長のジェラルディンは17歳。2年前のゴミ山崩落事故の後モンタルバンに移住して、そのまま勉強もやめていた。飲んでばかりで働かない父親のかわりに毎日ゴミを拾いに来ている彼に、レティは、ゴミを拾ったあと体を洗ってクラスに出席するように声をかけた。「頭のいい生徒だから、あと2年勉強すればハイスクールへも行けるのに」とレティ。だが欠席がちで、もう2週間以上クラスにはきていない。
 「親たちは元気で働けるのに、子どもを学校に行かせる努力をしない。田舎に出生証明があっても取りにも行かない」とレティは嘆く。
 だが親たちも満足に学校に通ったことがないのだ。教育もなく田舎から出てきた者に都市の暮らしは難しい。役所や病院へ行くのも気遅れする。行ってもどうしていいかわからず、つっけんどんに応対されると、心がすくんで逃げ帰ってしまう。そして子どものために、薬一つ、書類一つも手に入れることができない。

☆贈り物

 給水塔からの道が舗装されている。学校前の道も舗装され、新しい電柱が立っている。新しいデイケアセンターもできている。2年前のゴミ山崩落事故でパヤタスは注目されたが、この数年、各国のNGOの活動も増えているようだ。
 だが「彼らが自分たちの国でどれだけの予算を得ているのか知らないが、ここの子どもたちのために使われるお金はほんのわずかだ」とレティは言う。「状況は変わっていないよ」
 ある日、レティの友人で社会福祉の活動をしているヨリーが来ていて、次のように言った。「NGOはここを訪れ書類をつくって、それぞれの国で資金を調達するが、実際にパヤタスに届くのは10パーセント程度だろう。あとはオフィスやスタッフの給料で消えてしまう」
 私たちは集まった寄付のほとんどすべてをここに届けている。でなければ何もできない。
 毎晩、私とレティはお金の計算ばかりしていた。先生の給料も要る。毎日の給食もつづけたい。そして奨学金。去年はなんとかなった。でも今年は?
 お金が足りない。ほかに支援してくれるところはないのだろうか。「ノー」とレティが首をすくめる。「贈り物はあるが、お金はないよ」
 ユニセフは外国の訪問者にゴミ山とこの学校を見学させるが、金銭的な援助はない。去年は、ユニセフの紹介で訪れた外国の篤志家からスクールバッグが1000個届き、また別の外国のNGOからは、子どもたちの栄養のためにと、粉ミルクが700缶も送られてきた。「スクールバッグは1000個もいらないし、フィリピンで買えば安いのに、ロスが多いよ」と先生たちは言う。ミルクは子どもたちが粉臭さを嫌って飲まないので、砂糖と麦芽飲料(ミロ)を混ぜて飲ませている。毎日の砂糖代とミロ代は学校の負担だ。
 「英語の教材も大量に持ってきてくれたが、ここの子どもたちには難しすぎて使えないから全部持って帰らせたよ」とレティ。「現金でくれれば助かるのにね」と言うと「きっとお金を渡したら、私が使ってしまうと思っているんだろう」とレティが言った。なんだかむしょうに悲しくなった。
 そうなのだろうか。でも、あたりまえの信頼関係もないとしたら援助とは何なのだろうか。憤る私にレティは言った。「仕方がないよ。彼らはオフィスにいるんだ。ここにはいない」
    *    *
 あれこれの援助にレティは感謝を惜しまないが、何かしらちぐはぐな援助が、ときにもどかしく思えるのも事実だった。
 いったい何が足りなくて空回りするのだろう。善意が本当に善であるためには、どれだけの注意深さが必要なのだろう。どう自分が変わらなければならないのだろう。何度も心に繰り返してきた問いを、あらためて思った。
 「感謝はまず、人に助けの手をさしのべる者のほうがすべきことである。その助けの手が清らかで汚れていないならば。親切を受ける者の方も感謝はしなければならないが、それはただ、互いにそうすべきだという理由だけによる」というシモーヌ・ヴェイユの言葉をしきりに思い出した。
 もしも心から感謝が消えたら、ここの人たちを好きだという気持ちがなくなり、レティや子どもたちへの尊敬心を見失ったら、支援など続けられないと私自身は感じてきた。
 レティが言った。「もちろんお金は必要だよ。でも心が通う友人が来てくれるのは何もなくても嬉しい。お金もプレゼントも何もなくてもね。そうだろう?」

☆台風

 ときどき激しい雨が降り、激しい風も吹いた。ゴミ山周辺のある場所では、ゴミの堆積の上に草が生え、畑までできている。風に草がなびく。子どもたちが強風に吹かれて遊んでいる。
 雨が降りつづいた。レティは頭痛がひどくて、デイケアのクラスを終えると頭を抱えて横になっている日も多い。「病院に行ったほうがいいよ」と家族は言うが「今度」と言うばかり。「パヤタスの問題が片づいたら行く」とレティ。「きっと永遠に行けないよ」と言う私に、レティは笑って言った。「長生きできるように祈ってるよ。私はここの子どもたちを守らなければならないから長く生きられるようにって」
 家族が増えたことは心強い。ジュリアンがカレッジの帰りに買い物をしてくる。夜、翌日の150人分の給食の下準備をする。ディーンや妹のクリシェール(9歳)も、にんじんやじゃがいもを刻むのを手伝っている。大変な仕事もみんなでやれば楽しい。家族みんなが助けあって学校を支えている。
    *    *
 その夜も大雨で、学校前の道はごうごうと流れる川になった。雨音を聞きながらアナやディーンたちとトランプをして遊び、それから寝たのだが、真夜中、騒がしさに目が覚めた。裏口からベイビーの娘たちが寝具を抱えて避難してくる。裏の小屋が浸水してベイビーの部屋は床上まで浸かった。大人も子どもも、荷物をあげたり、バケツで水を汲み出したり、土砂をかき出したり、小さい子の面倒をみたり大忙しだ。「タイタニックだ」とグレースが腕を広げて言い、「明日は大掃除だよ」とジョイが言った。マジョリー(30歳)が娘のジェシカ(9歳)とエイエ(1歳)を学校に避難させにきた。マジョリーの家のあたりは、すっかり海のようだという。
 その夜はみんな教室で寝た。ジェイコーベンが水のなか何時間も歩いて会社から戻ってきた。
 翌朝には水はひいたが、ゴミ山の麓の低いところでは午後になっても床下に水が残り、道はぬかるんでまともに歩けない。
 ゴミの上に家があり、ゴミのなかに家がある。立ち退きで消えた集落がある一方で、ゴミ山の上には小屋が増えている。斜面の細い急な道、雨でことさら滑りやすい道をスカベンジャーたちがダンプサイトにのぼっていく。
 小雨が降りつづくなか、ビニールのゴミ袋をレインコートがわりにかぶって、人々がゴミを拾う。子どもたち、パアララン・パンタオの生徒たちも。ゴム草履を履いただけの素足で、くるぶしまで、ぬかるんだゴミに埋まりながら。

☆隣人プロジェクトのその後

 隣人プロジェクト(ゴミ拾い以外の仕事をはじめるための資金の貸付け)について、レティは手紙に「詳しいことは会ったときに話そう」と書いていたから、うまくいっていないのだろうと覚悟はしていた。
 だが思ったほど悪くない。去年4000ペソを30人の親たちに貸し付けたが、すでに18人は完済している。親たちはサリサリストアを開いたり、豚を飼ったり、パンや魚の行商をはじめた。4人ほどはとくに順調で、ユージンの父親はさっぱり働かなかったのが、サリサリストアをはじめて真面目になった。レティは彼に、店の経営は決して他人にまかせずに自分でやりなさいと、アドバイスしたのだった。
 商売がうまく行き、返済が順調な人たちには、再度の貸し付けも行った。一方、返済できなくなっている人たちもいる。
 隣人プロジェクトについて、夜、私たちは台所で話していた。アナがなにげなく私の隣にすわったが、レティは彼女を向こうへ行かせた。いま大事な話をしているのだから、と。
 返済がとどこおっている親たちのなかにアナの母親もいた。アナを向こうに行かせたのは、母親のことを聞かせないためだ。
 レティは貸し付けのノートを開き、ひとりひとりについて説明する。行商がうまくいかなかった人もいる。逆にサリサリストアの商売は順調なのに返済したがらない人もいる。夫が他の女と出奔し傷心で返済どころでない母親もいる。夫や自分が病気になって返済できないケースもある。アナの母親はどんな仕事もはじめなかった。他人に貸したりギャンブルで使った。「アナの家のあたりは、女たちが昼間からカードをしている」とレティ。
 今年は新たな貸し付けの予算は組めない。だが何らかの職業訓練をしたい。母親たちのミーティングの日には、ヨリーもきて、行商はどの地域をまわればいいとか、行商で売れる料理の作り方の講習をすることなど、相談した。
 返済できずにいる親たちには、5ペソずつでもいいから返済の意思をもつこと、返済できなくても、きまり悪さから子どもを学校に来させなくなることがないように、呼びかけた。

☆なつかしい土地

 休日なのに朝早くレティに起こされた。「このお金は本物か」と訊く。汚れた4枚の千円札は、ジョエルという生徒の父親がダンプサイトで拾った。本物だと言うとレティはペソに交換して彼に渡した。「彼は今日はラッキーだよ」
 ゴミのなかから金の指輪や現金が見つかることもないわけではない。ごく最近も、子どもがドル紙幣をたくさん見つけた。「でも周りの大人たちに全部奪われてしまったんだ」
 移住した人たちも相変わらずパヤタスにゴミ拾いに戻っている。立ち退きで家々が壊された学校の裏手にも新たに廃材の掘ったて小屋ができている。「テリーたちがゴミ拾いにきて、夜、学校の前で寝ていたら警官に追い立てられたんだ。それで隣人たちが来たときに泊まれるように、この小屋をつくった」とレティ。
 ある朝、ゴミ拾いにきていたテリーに会った。「モンタルバンの生活はどう?」と訊くと「仕事もないしお金もないよ。生活できないから、ときどきこうして働きにきてるよ」と転んで捻挫した手首をさすりながら言った。
 舗装された道のあちこちにスカベンジャーたちが拾った缶を置いている。かさばる缶をトラックに潰させているのだ。
 ダンプサイトにのぼると、いきなり傍らで携帯電話の呼び出し音が鳴って驚かされた。ゴミを拾っていた男がベルトのあたりから、汚れないようビニールでくるんだ電話を取り出してメッセージを読んでいる。
 ぬいぐるみを拾っていた母親が英語で話しかけてきた。「フィリピンは本当に貧しい。ゴミを拾わないと生活できない」と。「子どもへのおみやげにするのね?」と手にしたぬいぐるみとリュックのことをきくと「そう。洗って使うの。買えないからね」と朗らかに言った。
 夕日が沈む。頭にサーチライトをつけた少年たちは夜まで働くのだろう。数年前までは、空き瓶のアルコールランプが使われていた。 
 子どもたちが夜のゴミ山で働く。あっていいはずの光景ではないが、頭にサーチライト、腰にバッテリーをくくりつけて働いている姿は格好いい。女の子たちもとても凛々しく見える。しばらく無心に働く子どもたちに見とれた。子どもたちは本当は、目の前の悲惨な現実にではなく、もっと深い世界の美しさに繋がっている存在なのだ。
 子どもたちの家や遊び場を道しるべに集落を歩く。ゴミ山の麓の貧しいスラム。生きることの切なさに満ちあふれているここで、一足ごとに心の底から滲み出してくる、なつかしさ愛おしさは何なのだろう。ここで、たくさんの子どもたちに出会った。いまここにいることの、やさしさ、かけがえのなさを彼らは私に教えてくれた。何もなくても一緒にいれば楽しいよ、とその笑顔で伝えてくれた。
 帰り道でメリッサに会った。学校の近くまで手をつないで歩いて、別れた。
 「また、明日ね」。

☆手紙

 2003年3月、1年間の様子を伝える手紙が届いた。8月の学芸会も12月のクリスマスパーティも、留学生や外国からの訪問者を迎えて楽しく過ごした。バス2台を貸切りで郊外学習にも出かけた。バスに慣れない小さい生徒たちは吐いて大変だったけれど、博物館やプラネタリウム、動物園を見学、大きな公園で遊んだ。
 給食は、残念ながら予算不足のため1月で中断。クリスマスと新年の休暇の後はクラスに戻ってくる生徒が減るから、本当はその時期にこそ給食が欲しかったのだけれど。
 奨学生たち、小学校とハイスクールに通う女の子たち5人は、みんな進級できるだろう。ジョイはハイスクール4年に進級する。
 ジョイからの手紙。
 「私からの挨拶を受け取ってください。こんにちは! お元気ですか?
 私たちは元気でやっています。私はちゃんと勉強を続けています。今年は学習内容も難しくなって、宿題も多くて大変でした。でもとても面白い。たくさん友だちもいて、この高校に通えて幸せです。 
 メリークリスマスと、ハッピーニューイヤーとハッピーバレンタインを、まとめて言わなくちゃ。またすぐに会えますね。お元気で。」 

 だが全員が順調というわけではない。カレッジに進学する予定だったユージンは、父親の暴力から逃げ出すために家出した。弟妹の面倒を押しつけにくる義母から逃げたがっていたシェリーは、恋人と駆け落ちしていなくなった。
 マリアペレはずっとアシスタントの先生をつづけていて、デイケアのクラスを教えているが、ボーイフレンドができて進学をあきらめた。
 アナもまた恋に落ちて勉強をやめた。すでに家に戻り、学校へは気が向いたときだけやってくる。アナの進学を個人的に援助しようというスポンサーもいたのだけれど。
 レイナルドとジュリアンは、船会社に就職が内定していたはずが、約束は反故にされた。どうやらコネとお金が必要なのだ。学資を支援してくれたスポンサーをがっかりさせるのではないかと、申し訳なさそうなレイナルドの手紙からは、彼自身の失意と、なんとかそれを乗り越えようとする葛藤が伝わってきた。
 ジュリアンからの手紙。
 「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとうございます! これまでの愛情と気苦労と理解と骨折りと、そして援助に、心からのお礼を申し上げます。貧しい人々、とりわけ子どもたちへの援助(それは子どもたちの将来や意欲を励ましてくれます)のことを、僕は決して忘れません。
 僕はこの10月に大学を卒業し、現在、就職活動中です。僕たちは、あなたやあなたの友人やスポンサーのみなさんのおかげで、ここまでたどりつくことができました。そのことに報いるのに、ありがとうという言葉は十分ではありません。
 僕たちにしてくれたすべてのことに対して、感謝しています。僕は勉強を終えることができ、いま、良い仕事が見つかるように祈っています。そして僕たちがしてもらってきたように、僕もまた他の人たちを助けることができるように。
 ありがとうございます! どこにいても、どんなときも、僕たちは決してあなたたちのことを忘れません。どうかお元気で。」

☆新しい挑戦

 レティは、新学期から新たにメリッサたち6人の10代の生徒を公立の小学校に通わせる予定だ。心臓病の手術をしたグレースも、体調が安定しているので通わせるという。14歳の1年生だ。それから、家出したユージンの妹のマリージョイがカレッジの教員養成コースに進学するのを応援したい。
 さらに「パアララン・パンタオの分校を開校するよ」という。
 ゴミ山崩落惨事の後、多くの人々がモンタルバンの再定住地に移住したが、教育の機会を失ったままの子どもたちも多くいて、かつての生徒や隣人たちは、近くにパアララン・パンタオのような学校があればいいのにと言っていた。
 レティは5年のローンで空家を購入する決心をした。開校すれば、たくさんの生徒がやってくるだろう。
 むろん必要なのはローンだけではない。毎月の経費も要る。ドアも窓もない建物の改修費も。無茶と思えるほど予算も何もない。
 だが、待っていても誰かが何かをしてくれるわけではないのだった。14年前パアララン・パンタオを開校したときも、こんなふうだったろうと思った。学校が欲しいという子どもたちと、学校をつくろうというレティの決心のほかには、お金も何もなかったのだ。
 「分校では誰が教えるの?」と訊かれたレティは、いつもの口癖を答えた。「アコナラン(私がするよ)」
 パアララン・パンタオの新しい挑戦がはじまる。

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