1945年8月6日午前8時15分広島に、世界史上初めて原子爆弾が投下されました。この絵は、その”きのこ雲”を広島市から20マイル離れている山国から目撃した人によって、1974年に描かれたものです。この”きのこ雲”の下で廣島の町が灰塵に帰し、およそ二十万人が死亡しました。

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雲の峰原子雲のごときかな
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 これは小さな防火用水にいっぱい死体が溢れている絵です。 広島市の大部分は原爆が投下されてまもなく火災に包まれました。 多くの人々は火災の炎から逃れるために防火用水の中へ殺到し、そのまま焼死しました。

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水槽に死体溢るる炎天下
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  これは生徒たちが修学旅行で爆心地を訪れている写真です。 原爆の子の像の前で記念写真を撮ってもらっているところです。日本では平和教育の一環として,ヒロシマ行きの修学旅行や遠足が、多くの学校で企画され、生徒たちはヒロシマをしばしば訪れ爆心地や平和ミュージアムを見学します。
                   

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遠足の子らに幸あれ爆心地
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 これは流灯会の写真です。毎年八月六日の夜、人々は原爆ドームのそばを流れる元安川に何千ものちょうちんを流して原爆犠牲者の霊を弔います。 
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爆心地流灯光の帯となる
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