連載「子どもと音楽」(1)
音楽の役割ってなあに?


 私たちは普段の生活の中で、意識的あるいは無意識的に音楽と接しています。その音楽の役割って何なのでしょうか?(神原雅之)

1.音楽の役割ってなあに?

 皆様もご存じの通り、昔から音楽は宗教(信仰心)と深い関係があります。今日でも時折聴く機会がある(?)讃美歌や声明などは、古い時代から信仰行事の中で歌い継がれてきたものです。それらの行事で一緒に用いられる木魚や鐘、太鼓などの響きからは宗教的な雰囲気を感じ取ることができます。

 また音楽は、医学(心身の健康維持・快復など)とも深い関わりを持ってきました。例えば、古い昔では疫病などの重い病いを克服しようとするとき、祈祷師によってお祈りが捧げられたと伝えられています。その祈祷で唱えられる語りや歌は音楽的抑揚に満ちていたと推察されます。このように古い時代において、音楽は信仰や健康への憧れなどと重なり合って、日常生活の中でとても重要な役割を担っていたと考えられるのです。

 しかし今日では、古い昔に行われたような医学と音楽との関わりは、現代の科学主義が台頭するにつれて徐々にその姿を失ってしまい、むしろ音楽は「娯楽」としての位置づけが強調され、生活の中で添え物としての扱いに甘んじなければならないような状況になっています。例えば「この忙しいときに歌なんか歌っていて」と言われる背景には、音楽に含まれている娯楽性がマイナスに評価されているように思うのです。

2.「音楽すること」と「コミュニケートすること」

 私は音楽には2つの大きな役割があると考えています。一つは「音楽する」行為そのものに重要な意味が隠されているということ。もう一つは、音楽することを通して人と人が相互に「コミュニケートする」ことを促すという点です。

 一つ目の「音楽している(音楽に我が身を委ねているような)」状況は、まるで子どもが砂遊びに没頭しているような状況と共通するものがあります。音楽しているとき、私たちは音楽的な時間的変化やダイナミックスの変化を経験するわけですが、その時に私たちは様々な情動を経験しイメージを描くことができます。このように音楽が人の心(情動)と結びついたとき、私たちは創造(想像)の世界に足を踏み入れることになるのです。音楽の持ち味はそのときに発揮されるのです。これは絵や文章を描いたりするときの状況とも共通するでしょう。そして、人は創造的であるときに、幸福感や充実感を感じたりするのです。つまり、私たちは、音楽する行為を通して「自己実現」を味わうのです。

 もう一つの音楽の役割、すなわち「コミュニケートすること」の意味は、今日もっと強調されてよいように思われます。私たちが生きている現代社会は、機械化・情報化・国際化というキーワードに象徴されるように、かつてないほど大きなうねり(変化)の中にあります。この大きな変化の中で、私たちは便利で快適な生活環境を得ていますが、その便利さの傍らで環境汚染や人間関係の希薄化などの大きな代償を払っていることも看過されません。これは現代人の大切な忘れ物と言えるでしょう。
こういう時代であればあるほど、人間が相互に心を寄せ合ったり(共感)、支え合う関係(共生、共に育つ)、あるいは周囲の人々と心情を理解し伝え合う(対話、コミュニケーション)ための「場作り」が重要になると考えられるのです。その意味でも教育の「質」(教育の過程)が問われていると言えましょう。
 一人で音楽を楽しむことはできますが、二人あるいは数人で音楽するとその喜びはさらに膨らんでくるのです。このように音楽は人間関係を促す大切な役割を担っていると考えられるのです。

3.リトミックの役割

 この視点でリトミックを捉え直してみましょう。リトミックは、音楽的なセンスを培ったり、音楽的な耳を育てたり、創造的な喜びを味わったりすることができます。まさに「自己実現」の空間であります。そこでは、ダルクローズも述べていますように、音楽的な技法(テクニック)を学ぶ以前に、音楽することの喜び、そして音楽をどのように表現したいのか、どのように音楽を発展したいのか、一人ひとりの主体的な取り組み(個性化、独創性など)が先行して教育される必要があると言えます。

 加えて、「音楽するとき」の人間関係(子どもと子ども、子どもと教師、保護者と教師など)の質は、「音楽する」ための基礎になると考えられます。これは音楽のレッスンを始めようとするとき、子どもとの信頼関係作りが重要となる所以でもあります。 音楽学習は単に音楽的知識を豊かにすることで十分なのではありません。音楽的娯楽が単に快楽主義的な発想で片づけられるのではなく、音楽する人に喜びや楽しみを与え、一人ひとりの「自己実現」のための空間としてとして位置づけられるようになるとき、音楽はその人にとってなくてはならない重要なパートナーになると考えられるのです。

初掲:リトミック通信第66号(リトミック研究センター発行、1999/7/1)

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連載「子どもと音楽」(2)
幼児の生活と遊びを育む


 今回は、子どもたちと関わるときの私たち大人の基本的な態度について考えてみたいと思います。子ども達を取り巻く様々な変化の中で、私たち大人の教育観も多様化しています。様々な価値観が交錯している今日的状況の中で、私たち教師は、どのようなスタンツで子どもたちと関わればよいのでしょうか?

1.教育は子どもの自律(自立)を促すこと

 今日、私たちの周囲にはモノが溢れており、必要なモノはすぐに手に入れることのできます。また、困ったときにはすぐに助けを求めることもできます。これは確かに豊かで便利な社会と言えます。消費文化はしっかりと根付いているようです。しかしその傍らで、少子化や高齢化は明日の社会に暗い陰を投げかけています。この影響は、子ども達にとっても無縁ではありません。例えば、消費優先の生活習慣や少子化による過剰な援助は、子どもたちの様々な能力獲得の機会を削いでいるのです。

 子どもの周囲をみてみますと、昨今子ども達を巻き込んだ事件や事故が後を絶ちません。この背景には、思考することの面白さや人と関わることの愉しさを味わう機会が少ないこと、忍耐の場面や達成感・自己充実感などを味わう機会が欠如しているなどが指摘されます。これらはいずれも子ども達自身が「明日に生きる」上で大きなハンディを背負わせていることになります。

 つまり、子ども一人ひとりの自律(自立)とその調和の機会を保証することは、現代の教育において欠かせません。そのために「子ども自らが感じ、考え、判断し、行動する」という習慣を生み出すことは重要です。ダルクローズも述べているように、心と身体の調和を促すことは、生涯学習の視点からも重要となるのです。 例えば、2〜3歳頃の子どもは、服のボタンをはめようと一生懸命に挑戦しますね。この時にすぐに手を出してしまう大人は、子どもの学習機会を奪っていることに気づいていない。このような時、大人は子どもの挑戦をそばでじっと見守ってあげるだけでいいのです。これも大切な学習のための空間なのです。

2.興味や関心を引き出す環境作り

 子ども達の自立(身体のひとりだち)や自律(心の独り立ち)のためには、子ども達が自らの五感を駆使して、自分の興味や関心を焦点化させることが出きる環境作りが大切です。
 興味や関心は、「あれッ(不思議だな)」とか「オー(すばらしい)」あるいは「ヨシッ(やるぞ)」などの感情を生むことといえます。これらの感情は一人ひとりの心の中から湧き出てくるもので、周囲の者が分け与えるようなものではないのです。そこでは、例えば、花を見て「きれいだねェ。私この花の○○なところが好きだヨ」とか、音楽を聴いて「ここの所が素敵な音楽だね。私この音楽、好きになったヨ!」といったような、大人の好奇心溢れる態度(感性)に触れることが重要なのです。まさにこどもたち一人ひとりの態度(感性)は、周囲の大人の心の投影なのです。子ども達は、何気ない周囲の出来事に触れて、その変化や不思議に自分の気持ちが注がれるようになると、その感動を基礎にして新たな世界への挑戦(学習)を自分の力ではじめていくのです。

3.安心感をしっかり味わうこと−「睡眠」「食事」そして「愛されている」という実感−

 興味や関心を生み出すためには、子どもが「安心感」を感じられるような関わりがポイントとなります。興味や関心の旺盛な子どもは、周囲の人々に、自分の心の内容(興味や関心)を伝えたくなるのです。自分のできること、自分の知っていることなどを見て欲しいのです。このときにみられる姿は明らかに「自己表現」の空間といえます。

 興味や関心に誘い出されるように、子ども達は様々なことが「できる」「わかる」ようになります。それらの能力をより膨らませるためには、子ども自身が周囲の人々に「見守られている(愛されている)」という実感が必要なのです。言い換えるなら、学習行動に必要な「意欲」や「理解」「思考」などを生み出すためには、小さな自信や小さな勇気の蓄積が必要なのです。その蓄積を促すのは、周囲の人々の「温かいまなざし」と言えるのです。

 加えて、安心感を生み出すために「睡眠」と「食事」は重要な要件となります。つまり、規則正しい生活のリズムを作ること、バランスの良い食事をとることなどは、心と体の健康に欠かせません。例えば、睡眠不足や空腹感がイライラや短気の一因であるように。

 学習社会は、いま「競争」から「共生」へとそのスタンツを大きく変えようとしています。まさに、教育は、日々の遊びや生活の営みを、大人と子どもが共に試行錯誤し、共にその変容の過程を楽しむこと、がポイントとなります。

 リトミックは「心と身体の調和を生み出す」という今日的教育課題に迫る大切な部分を担っています。その良さをより際立たせるためには、私たちレスナーの「共生のセンス」が重要となるでしょう。レッスンの前に(あるいは並行して)、保護者の皆様と、生活のリズムやバランスの良い食事について、そして「愛いっぱい」の雰囲気を醸し出すような情報交換も、レスナーにとって大切なやりとりだと思うのです。

リトミック通信第67号(リトミック研究センター発行、1999/9/1)

お薦めの一冊
『ラブ・ユー・フォー・エバー』(岩崎書店刊)という絵本。この本は、愛に包まれて育った子どもは愛情いっぱいな人になる(愛は繰り返される)という内容のお話です。大人も楽しめる(そしてグッとくる)お薦めの一冊です。