はじめに

 子どもたちは、幼稚園・保育園の生活をどのように感じているのでしょうか。4月の入園の頃の姿を見ますと、一人ひとりの子どもたちが複雑な思いで登園していることが読み取られます。さっそうと登園してくる子どもは、おそらく期待と自信に溢れているのでしょう。その一方で、お母さんからなかなか離れられないでいる子どもたちも少なくありません。その子どもたちは不安な気持ちでいっぱいなのだと思われます。なにしろ、これまで家庭という安心できる心地よい世界から、突然に4月からは家庭を離れて知らない人たちの中に入り、その一員としてデビューしなければならないのですから。その不安は私たちの想像を越えているのだろうと思われます。太平洋のまん中に一人で船出するくらいの心境なのかもしれません。
 「子どもたちの不安を拭って、私が子どもの強い味方になってやろう。」入園式頃の子どもたちの姿をみるとき、いつも私はそう思うのです。
 さて、子どもたちは、園での数年間を経て、小学校入学前の頃には見違えるばかりの成長を見せてくれます。その姿を見るとき私は、子どもと一緒の生活の楽しさや面白さ、そして充実感をかみしめ味わうのです。それは、子どもたちが私たちに贈ってくれた素晴らしい贈り物なのだと思うのです。
 子どもたちの姿を通して、私たち大人が考えなければならないことも少なくありません。たとえば、家庭でのあり方について、子どもは身体全体の動きや表情を通して私たち大人に深い問いかけをしていると言えます。つまり、声にならない声を通して大人の姿を照らし返してくれているのです。
 「子どもは親の鏡」とは、実にうまい表現をしたものだと思います。言い換えるなら、「子どもと共に生きる」ことは、「私たち大人の生き方を学ぶ」ことだと思うのです。

 本書は、子どもたち、幼稚園の先生方、そして保護者の皆様と共に、幼稚園で経験した出来事を通して、私が素朴に感じたり、思ったり、悩んだりしたことを綴ったものです。ひとつひとつの拙文は、それぞれに異なる時期、異なる場面で記したものです。それゆえに、本書はどこからお読みいただいても結構です。
 読者の皆様には、本書のエピソードを通して、小さな幼稚園での素朴な生活をかいま見ていただければ幸いに存じます。これから子どもの世界を覗いてみようと思われている皆さんには、現代の子ども観や幼児期の生活を再考するための手がかりにしていただけますなら、これ以上の喜びはありません。
 前述しましたように、本書は、子どもたち、園の先生、保護者の皆様、そして関係の多くの皆様との出会いが無くては生まれなかったものです。刊行に際しまして、子どもたちをはじめとする関係各位に、厚く御礼を申し上げたいと思います。

 平成十一年二月                      
 神 原 雅 之

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