最新更新日2005/9/7_初掲2000/10 (無断転載厳禁)

 

神 原 雅 之

Q.1音楽は、心の健康・維持、快復など、医学的にも深い関わりがあると聞きました。音楽は、子どもの成長や脳の発達にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

 @かなり古い時代から、音楽は人々の心身の健康と深いかかわりを持ってきました。最近では、「音楽療法」への関心が高まっていますが、それは音楽が心身の健康に何らかの影響を及ぼしているという認識の表れでもあります。実際に、「音楽療法」の取り組みを通して健康を快復維持されているケースは少なくありません。(よい医者は病状の原因を見抜く高い見識を備えていますが、音楽療法でも賢いセラピストとの出会いがポイントとなるでしょう。)
 A子どもの成長や脳の発達の観点から、音楽との出会いは人間の様々な能力を発揮させる機会を提供してくれます。ノンバーバル(非言語)情報から、私たちは実に多くの情報を得ているのです。そこで重要なことは、どのような形で音楽と出会い、どのような人と音楽を共有するかが重要なことです。
 B近年の研究によれば、右脳は感覚的なセンスに優れ、左脳は論理的な思考に優位であるとの言われています。とりわけ、音楽は右脳の刺激に有効だと言われています。このような観点からみて、音楽は脳の活性化に重要な刺激財となり得るのです。

Q.2 現在1才10カ月の息子は、テレビやビデオで歌が流れると手をあげてとんだりして音を感じている様子。子どもはみんな、年相応に同じような音感があるの?

 乳幼児が、音楽に合わせて手をたたいたり、身体を揺すったりする姿はよく見られます。音楽のリズムに反応することは、かなり幼い幼児でもできますが、一般的には3歳頃はまだ外界のリズムにうまく合わせる(同期)ことはできません。自分の中にもっている自分なりのリズムに合わせての楽しみ方が中心となります。4〜5歳頃になると、うまく外界のリズムにノレるようになります。
 音感やリズム感の発達は、運動能力の成長や理解力の高まりとも深く関係しています。小学生くらいになると音程や和音の微妙な変化にも反応できるようになります。そうしたスキルを身につけるうちに、音楽的な好み(嗜好)もできあがってきます。
 人の好みは、多様な要因が複雑に重なり合ってできていますが、だいたい世代ごとに好まれる音楽のタイプがあります。幼児期は童謡やわらべうた、青年期にはロックやポップスが好まれ、年齢が高まるにつれて民謡や邦楽などが好まれる傾向があります。
 でもそれは、例えば周囲の大人が「子どもにいい歌=童謡」と考える価値観が、とくに幼い子どもには影響しているのです。例えば、もしロックがいいと考える大人が増えれば、幼児がロックを歌う姿を見る機会も増えるかもしれません。要は、音楽的な好みは、音楽的な価値を承認されることによって大きく影響を受けると考えられ、その意味では(特に幼い幼児の場合)周囲の大人の価値観に依存するところが少なくないと考えられます。


Q.3 天才ピアニスト、バイオリニストなどの才能は、生まれついての天性?それとも環境によって助長されるもの?

 音楽性な才能は、遺伝(天性)にも環境にも関係します。人は誕生するとき、すでにさまざまな能力をもって生まれてきます(遺伝的要因)。誕生後は、その能力を生かしながら、さらに能力が洗練されるよう学習します(環境的要因)。この学習(環境)しだいで、音楽的な才能は大きく変わってくるのです。
 音楽的な才能は、語彙を身につけるプロセスとよく似ています。語彙を身につけるとき、まず周囲の人の言葉を聞き、それを実際に使ってみますよね。語彙が増えると、自分の思いを伝えるために、より適切な語彙を選びます。
 音楽もまずは聴き、音を感じ、それから歌ったり演奏したりと表現して、音楽で思いを伝えるプロセスが、音楽の語彙を増やします。その際、、さまざまな音楽に触れ、心地よいと感じることが重要。「音楽が好き」という気持ちを育むことが、才能を花開かせる要因になることは言うまでもありません。

Q.4 男の子と女の子で、音楽の能力は違うものですか?有名な作曲家には、男性がほとんどのようですが・・・。

 そうですね。バッハ、ベートーベン、モーツアルトなど著名な作曲家の多くは男性ですね。しかし、音楽的な能力は性差に影響を受けるものではありません。
 例えば、コーラスグループは、男声の団体の数よりも、明らかに女声の団体の数の方が多いですね。「好きこそものの上手なれ」という諺もあるように、「音楽が好き」という感情は、音楽的才能を高めるための基礎になるセンスなのです。


Q.5 早くから音楽にかかわると、音を聴く耳は肥えるのでしょうか?

 乳幼児の場合、音楽って楽しい!気持ちいい!という感情を持つことが大切です。つまり、さまざまな音楽に触れて、音楽の違いを発見し、音楽することの喜びを味わうこと。こうした体験をたくさんつむことで、敏感な耳、そして音楽を愛する心が育まれるのです。
 乳幼児の姿には、そばにいる大人の姿がうつし出されます。まずは乳幼児を囲んでいる大人が、さまざまな音楽(ジャンルを含めて、たくさんの楽曲)に興味や関心を抱き、音楽を愛する心をもつことが何よりも大切でしょう。
 音楽的な才能をみがくには、ちょうどいい(もっとも敏感に感じ取られる)時期があります(敏感期)。たとえば、音を記憶する能力(絶対音感)は幼児期を逃すと身につきにくいという報告もあります。しかし、そういった能力は特殊な能力と考えてよいでしょう。


Q.6 胎教の影響ってあるんですか?

 「胎教は効果があるのか」という議論は、かなり古くから行われてきたようです。現時点では、胎教の効果があるかどうかは「わからない」というのが現状なのではないかと思います。効果があるとする立場からは、妊娠7ヶ月の胎児は既に体外の音を聞いているという実験報告もあります。しかしながら、胎児が意識的に音を聞いているのかどうかはまだはっきりしていないのです。
 ただし、胎児の成長過程っで、母胎の心身の影響が強いことも確か。お母さんの心身の健康を維持するために、お母さん自身が心地よいと感じる音楽に触れることに、胎教の意味があるのではないでしょうか。「胎教にいい曲」をイヤイヤ聴くよりも、ロックでもなんでも、その時お母さんがいちばん聴きたい曲を聴くほうがいいこともあるのです。

Q.7 音楽を聴いて楽しいと思えるような思いは、どのくらいからわかっているのでしょうか?

 「音楽とは何か」という定義しだいで、かなり「音楽を楽しむ」という範疇が違ってくるでしょうね。私自身は、音楽をかなり幅広くとらえて、「音による何らかのメッセージ」だと考えています。そうすれば、かなり幼い乳児も「音楽を楽しむ」ことができると言えますね。
 日本では、古くから、赤ちゃんの寝室に、音の出るおもちゃを置く習慣がありますね。これは赤ちゃんが音に対して強く反応することを、多くの人が認めているという証しでもあります。
 音楽は、音ひとつからでもさまざまな意味を読みとることができます。そして、一つひとつの音がいくつか連続してできるメロディーやリズム、ハーモニーからも読みとることができるのです。
 乳幼児期には、まず周囲の音に耳を傾け、その存在に喜びを見いだすこと、面白いと感じることが必要です。先日1歳半の子どもが、傘に落ちてくる雨の音に大喜びしている姿を見ました。このような経験も、大切な音楽的経験となるでしょう。


Q.8 音楽のおけいこでも、種類(歌やピアノなど)によって何歳からはじめたほうがいい、あるいはあまり早くはじめても意味がないなど、始め時の適齢期はありますか?

 前述しましたように、音に対する能力は、「臨界期」あるいは「敏感期」と呼ばれる時期を考慮しながら教育を行うと効果的だと言えます。しかし、だからと言って、あまりに早い年齢から始めるのも一考が必要です。
 たとえば、ピアノでは鍵盤を圧すだけの腕や指のスキルが備わっていないのにおけいこを初めても、“ピアノを自由に操れない”という苦痛な思いだけが残ってしまう。管楽器では、ある程度の心肺機能が備わっていることが必要ですね。
 そこで、乳幼児の子どもたちにはリトミックをお奨めします。「音楽と共に過ごす」楽しい時間を持ち、「音楽のうねり」を体験することから始めるのが賢明と言えます。(それぞれの年齢で)今持てる力(たとえば、身体の動きなど)を通して、音楽のシャワーにどっぷりとつかることは、音楽的センスを高めるのに有益な経験となると考えられます。


Q.9 ピアノを習わせると頭の良い子に育つと聴きましたが本当ですか?

 「ピアノの演奏ができる=頭の良い子」ではありません。たしかに楽譜を読んだり、手指を操ったりする能力は、ある意味で「頭のよい子」の証だと思います。また、ピアノのおけいこでは、さまざまな事柄を、ある時間的な流れの中できちんと処理する能力が育つでしょう。
 でも、それ以上に、先生や仲間など周囲の人々の思いを受け止めたり、読みとったりするノンバーバルなコミュニケーション能力(言葉では言い表せない音楽や絵画、動作、顔の表情などの情報を読みとる能力)が育つことが、音楽の学習の役割だと思います。
 見通しを立てたり、周囲の状況を判断したりするときには、論理と感性の両方の能力が必要です。音楽は、その両方のセンスを高める貴重な場面を提供してくれるのです。

Q.10 おもちゃの楽器は、音楽の教育として役に立ちますか?

 おもちゃの楽器は、音に対する親近感を高めるのに有効だと思います。しかし、多くの場合、玩具では物足りなくなってしまうのです。その玩具に興味が失せてくるのは、自分の思いが、玩具では十分に果たせなくなるからです。
 できるだけ本物に触れさせたいと考えます。たとえば、あなたが大太鼓を叩くとしましょう。オーケストラで使われるような本物の大太鼓だと、音が奏でられただけで心が魅了されてしまうでしょう。玩具の大太鼓では、あなたの心はすぐに物足りなくなってしまうことでしょう。本物は、出される音そのものに、私たちの心をつかんで離さない魅力が備わっているのです。子どもには、玩具よりも本物に触れさせてあげられるようにしたいものです。

Q.11 うちの子どもは音楽好きでよく聴いていますが、今の子ってあまり童謡とか聴かないみたいで、ちょっと不安になります。モーニング娘。とか、いま流行の歌でも聴かせることはいいのでしょうか?

 いろいろな音楽に触れることが大切だと思います。これについて、参考になる実験があります(DeYarmanの実験)。
 幼児に「拍子」の学習を課しました。ひとつのグループには、最終課題となる2拍子・3拍子の学習ばかりを行いました。もう一つのグループでは、2拍子3拍子に加えて、その他の複合拍子や変拍子の音楽にも親しませ、学習を進めました。最終的に、前者のグループよりも後者のグループの方が2拍子・3拍子の違いをきちんと感じ取る力が身についていたそうです。この結果は、ほんの一例ですが、ここで身についた「違いを感じ取る力」は、日常的な出来事の中の物事の判断や行動、コミュニケーションの中でも発揮されるのではないでしょうか。
 つまり、動作や言葉、色などの微妙な違いに気づく力(直感力や識別力)や、さまざまな角度から物事を判断したり、相手の立場を感じ取る力(洞察力)などに発展していくと考えられます。さまざまな音楽の違いを感じることは、人間的な視野の広さや、今日求められている共生のセンスを育む上でも大切なのです


Q.12 絶対音感には、なにか良い効果があるのでしょうか?

 絶対音感は、何の手がかりがなくても音のピッチ(高さ)の差がわかる能力(音高感覚)です。絶対音感をもった子どもは、難なく音を聴き分けて、その違いを正確に言い当てられます。この能力が身につくのは、幼少期。大人になってからでは難しくなります。
 ピアノのように一定のピッチがあらかじめ作られている楽器ならいいのですが、作音楽器(音程を演奏者自らが生み出さなくてはいけないような楽器:例えば声楽や弦楽器、管楽器などの演奏)では、ピッチの識別は演奏上とても大切です。このような場合、絶対音感をもった人は有利ですね。
 ただ、普通に音楽を楽しんでいくうえでは、必ずしも必要ありません。それどころか、普段の生活では、絶対音感がかえってじゃまになるケースも。音を聞けば、ただちに音名がわかってしまうのですから、情緒的に音楽を楽しめないといったこともあるようです。
 音感には、絶対音感のほかに「相対音感」があります。音楽を習ったことのある人ならほとんどの人が持っている、ある音と音の関係を識別する音感です。基準の音さえ与えられれば、ドレミを正確に判断できるのです。相対音感だけでも、十分に音楽と関われますし、音楽を楽しむことができます。

Q.13 両親がオンチなのですが、大丈夫?

 生まれつき、あるピッチ(音の高さ)にあわせて声帯をコントロールする技能が発達しにくい人もいるようです。しかし、ほとんどの場合、発声などのトレーニングによって矯正できます。オンチは環境による影響が大きいのです。
 とくに乳幼児の場合は、明瞭なリズムや旋律にふれることがポイント。会話でも、不明瞭な言葉を聴き取るときは理解に苦しみますね。それと同じこと。いつも音程のはずれた歌ばかりを聴いていれば子どももオンチになるかもしれませんが、きちんとした音程を聴かせていれば大丈夫。
 日頃から伸びやかに過ごすことも大切です。心が緊張していては、声帯の筋肉も萎縮してしまい、声帯をコントロールしにくくなりますからね。

Q.14 最近の幼児音楽教育の傾向について、教えてください。幼稚園でも音楽教育に力をいれていると聴きましたが・・・。

 10数年前までは、幼稚園や保育園で鼓笛隊や器楽合奏などが盛んに行われていました。この背景には、音楽演奏が園のPRにひと役かっていたことがうかがえます。周囲の大人もそれをみて、子どもの成長ぶりを喜んでいたところが少なくありません。
 幼い子どもとは言え、幼児は厳しい指導に耐え、相当なレベルの演奏をこなしてしまう可能性があるのです。そんな厳しい演奏に耐えることよりも、もっと大切なことがあるのではないか、という反省が起ってきました。「指示待ち」の子どもや周囲の人とうまくコミュニケートできない子どもが増えてきたことも、その背景にはあります。最近は一人ひとりが「主体的」に、自分の意志で、自分の課題を克服できる力を持った子どもを育てよう、子どもの自由な表現を認めよう、という機運が高まってきました。
 そうしたことから、幼稚園・保育園でもリトミックをはじめ、音探し(身近な音そのものの存在に耳を傾けること)や、音作り(身近な素材から新たな音を作り出して、それを楽しむこと)といった遊び感覚の音の教育が行われるようになってきました。手作りの楽器を作って、それでアンサンブルを、なんてこともおこなわれています。


Q.15 リトミックって何ですか?リトミックは、どういう効果が期待できるのですか?

 リトミックは、音楽と動きを融合した画期的な「音楽学習」の方法です。その学習過程では、発見のセンスやコミュニケーション能力など、「心と体の一致調和」「音楽的な耳の育成」「想像性や創造性の育成」など、人格形成に多大な影響を及ぼす経験を含んでいます。
 リトミックは、学習者参加型の教育です。この実践に際しては、単に、リトミックが「動き」と「楽しさ」だけでなく、音楽の深い喜びに焦点が当てられることが重要ですね。
 ●関連サイト→りとみっくってなあに?Q&A


Q.16 音楽に好く反応する我が子(1歳児)に、何かよい音楽体験をさせてやりたいと考えています。1才児の時期は何が大切な経験なのか試行錯誤しながら、リトミックを始め大手の音楽教室などを探しております。
 いくつかの教室の体験レッスンに参加しました。そこではピアノを使って進める教室とCDを中心に進める教室がありました。そこで質問なのですが、CDを用いた音楽というのは子どもによい効果が期待できるのでしょうか。(親としては)ピアノによるレッスンに惹かれますが、自宅から近い教室がCDを中心としたレッスンの教室です。単に親子で楽しむ目的であれば、CDでも生のピアノでも違いは無いのかなと思う一方、やはり生のピアノに勝るものは無いようにも思います。
 普段、自宅ではFMやCDの音楽を流して楽しんでいますが、CDは実際のところ良いものなのか疑問が残ります。何か良いヒントはないでしょうか?(1歳児を持つ母より)

 幼児の音楽活動に、ピアノが良いのか、CDがよいのか思案されているご様子、よくわかりました。結論から申しますと、これはどちらも良いし、どちらも問題あり、だと思います。
 この時期の音楽体験は、幼児と大人のコミュニケーションの中に重要な意味が隠されていると考えます。つまり、幼児と先生(あるいは幼児と親)をつなぐ存在として音楽を位置づけることがポイントです。その音楽に(大人と子どもが共に)かかわりあい、共感するという状況が重要なのだと言えます。そこで提供される音楽は、ピアノでも良いし、CDでも良いのだと考えます。一方、幼児と大人の間で音楽が共有されていないようでしたら、ピアノもCDも、あまり有用だとはいえないように思われます。
 親子が共に音楽を楽しみ、互いに音楽に価値(喜びや発見など)が見いだせるような、そんな素敵な時間の過ごせる教室(空間)を選択されることをお勧めします。
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参考文献:マグドナルド&サイモン共著、神原ほか共訳『音楽的成長と発達』1999 (渓水社)